エン・トリックス/マライア

Yen Tricks/MARIAH

side-A 1.Yen Tricks 2.key of Gold 3.Distant Rainbow 4.Black mariah
side-B 1.Let It Blow 2.we Are The Same 3.Burning P.M 4.Fate


1980年作

 冷やりとしたナイフのエッジで弦を弾いているような鋭さと硬質感。クラシックなどで聴くストリングスの音とは明らかに違う攻撃性。まず、このイントロでのストリングスが作り出す重厚なサウンドが聴き手の心に突き刺さってくる。よくプログレシブ・ロックの解説でクラシック・オーケストラとロックの融合などとして紹介される作品がいくつかあるが、この「エン・トリックス」でのストリングス・サウンドはクラシックの延長上にあるものではなく、ロックそのものを表現するために存在している。例えばピンク・フロイドの「原始心母」におけるオーケストラのようにそこで奏でられるメロディーはロック・スピリッツに溢れているのである。E.L.Pが「展覧会の絵」でクラシックの旋律をロック風にアレンジするのとは考え方が違うのである。

 レジスターの『ガッシャ〜ン』という効果音と共に総ての演奏者が一斉に走り出す。ここら辺の展開の仕方は土方隆行の「スマッシュ・ザ・グラス」のグラスが砕ける音の考え方に似ている。マライア・プロジェクト的つかみの法則とでも言えるのかもしれない。そして、典型的な8ビートのハード・ロックが村川ジミ−聡のシャウトするボーカルとともに一気に加速して行く。簡単にハード・ロックなどと言っているが、ディ−プ・パープルが作り上げてきたハード・ロックの形式とは違う他に類を見ない世界観がここにはある。マライア流プログレ・ハード・サウンドである。これは聴いてみなければ理解できないだろう。

 この一曲目の「エン・トリックス」で今までに聴いたことがない音楽を体験した聴き手はそのままマライアの音の渦の中に吸い込まれて行くことになるだろう。従来の音楽の枠からはみ出したサウンドは新しい刺激を放射し、未体験の音空間へ連れて行く。マライアを解説する文章において、次のようなアーティストを例にあげて様々な形容がなされている。TOTOから影響を受けたアンサンブルの緻密な構成力、クイーンのようなスペース・オペラ的なコーラス、シン・リジーやディ−プ・パープルのハードなスピード感、ピンク・フロイドの壮大な幻想美、スティービー・ワンダーの深い愛情、ボズ・スキャッグスのセクシーさ、ブレッカー・ブラザーズの暴力的刺激など、彼らの音楽を言葉で説明しようとして様々な形容詞が使われている。おそらくこれらの言葉はマライアに対する褒め言葉なのだろうと思う。しかし、私にはその言葉はただ空しく響くだけである。マライアの音楽はそんなアーティストの形容詞で説明がつくほど簡単じゃない。マライアの音楽はマライアでしかなく、その他の誰でもないのだ。

 これは全てのマライア・プロジェクトの仕事に言えることであるが、とにかく運動能力の高いサウンドである。超一流のバスケット・ボール・プレイヤーが全速力で走ったかと思えば、ピタリと静止し、また走り出して大きくジャンプし、鋭いダンク・シュートを決める。そんなキビキビした筋肉の動きに似た切れ味のある演奏が展開されている。力強さと優しさ、緊張と緩和。限り無く暗黒で、限り無く美しい。重厚なストリングスとホーン・セクションを巧みに取り入れ、人間の声を最高の楽器とし、メイン・ボーカル&コーラスを何層にも重ねた大きく広がりのあるスペース・サウンドを真正面から作り上げたその仕事は今聴いても十分に新しい。攻撃的なポップさを持ち、コンパクトな曲を並べながら、しっかりしたコンセプトを表し、ストーリー性を兼ね備え、知性と感性が最高のカタチで定着した作品。文句のつけようがない。真のプログレスする音楽がここにある。

サウンド・プロデュース:清水靖晃

土方隆行:ギター、ボ−カル
笹路政徳:キーボード
清水靖晃:テナー&アルト・サックス
村川ジミ−聡:ボ−カル
渡辺モリオ:ベース
山木秀夫:ドラムス
イヴ:コーラス
マライア・スーパー・ホーンセクション
多 ストリングス・セクション

評価:超A(滅多に出ない超傑作品)

( Hideyuki Oba.2001.3.24)

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